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新潟地方裁判所高田支部 平成11年(ワ)4号 判決

原告 山田義雄

右訴訟代理人弁護士 和田光弘

同 今井誠

被告 N村

右代表者村長 吉田侃

被告 吉田侃

右両名訴訟代理人弁護士 長谷川進

同 高橋幸知

主文

一  被告N村は原告に対し、六〇万円及び内金五〇万円に対する平成一〇年一月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用の六分の五は原告の、六分の一は被告N村の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

一  請求の趣旨及び原因

原告は昭和三八年二月一三日から平成一一年三月三一日定年で退職するまで被告N村(被告村)の職員であった者であり、被告吉田侃(被告吉田)は平成八年一一月一八日から被告村の村長の職にある者である。

被告村は平成一〇年一月一日、従来の総務課と税務課を併せて総務課とし、従来の産業課の一部と企画課を併せて企画振興課とし、従来の福祉保険課と環境住民課を併せて生活福祉課とし、従来の産業課の一部と建設課を併せて建設開発課とし、新たに政策推進室を設け、課等に班を置くなどの機構改革を行うとともに、人事制度の改正(機構改革と併せて以下、「本件機構人事改革」という)を行った。

原告は平成七年一月一日から被告村の税務課長の職にあったが、本件機構人事改革に伴い、平成一〇年一月一日付けで総務課参事に発令(本件発令)された。しかし、原告については発令に際して、所属する班は定められなかった。また、本件機構人事改革後の総務課の部屋は被告村の庁舎(以下、単に「庁舎」という)二階と定められたが、原告の机は庁舎二階の総務課の部屋には定められず、庁舎一階の収入役の隣に定められた。

(以上の事実は争いがない)

本件発令後の原告の職務内容が明らかでなかったため、原告は平成一〇年一月七日、被告村の村長である被告吉田に原告の職務内容を尋ねたところ、被告吉田は「助役、総務課長に言ってある。」と答えたのみであった。そこで、原告は同日、被告村の助役(以下、単に「助役」という)に同様の質問をしたが、助役も原告の職務内容を明らかにしなかった。

助役は平成一〇年一月九日、原告に対し、原告の上司は村長及び助役であり、原告には特命事項を担当してもらう旨話した。そして、被告村は平成一〇年一月一二日、助役名で原告に対し、<1>地域防災計画の見直し、及び<2>人事育成計画の策定をするように文書でもって命じた。これに対して、原告は、右各事項がいずれも総務課行政防災班の分掌事務であり、原告が行政防災班に属していない状態では右各事項について分掌しがたい旨を答え、原告を行政防災班に配属させるように要望した。しかし、被告村は原告の要望を受け入れなかった。

そして、被告村は平成一〇年一月一日以降、原告が定年を迎えた平成一一年三月三一日まで、机の位置も配属も変更せず、かつ原告に何らの仕事もさせなかった。

原告は何らの仕事も与えられず、かつ、他の被告村の職員とは孤立した部分に机を配置されたことから、被告村の他の職員は原告を避けるようになり、挨拶も交わさない状態となっている。

本件発令以前、原告は被告村の税務課長の職にあり五人の部下が配置された管理職であった。しかし、他の参事は全員班に所属し、部下が配置されているのに、本件発令では原告は班に所属せず、部下も配置されておらず、本件発令は極めて異例な人事である。

また、原告の机は総務課に配属されている者としては唯一人、庁舎二階の総務課の部屋から遠く離れた一階の収入役の机の隣に、他の職員すべてから孤立、隔離された形で、いわば見せしめのような形で配置されている。

被告村及び被告吉田の原告に対する本件発令及びそれ以降の人事及び労務管理は、労働を通じて社会に参加し、自己を成長させていく労働者の基本的・根元的価値を蹂躙し、他の職員から物理的にも精神的にも隔離して、一日中を無為に過ごすことを強制するものであり、路傍の晒し者ともいうべき屈辱を原告に与えたものである。

原告はこれにより労働者としての人格権を著しく傷つけられ多大な精神的な苦痛を被った。

被告村は被告吉田を通じて原告に対し、右人事・労務管理を行ったものであるから、国家賠償法一条一項、民法四四条・七〇九条により国家賠償責任を負う。

また、被告吉田は被告村の代表者である村長として故意に右人事・労務管理を行ったものであるから、民法七〇九条により不法行為責任を負う。

そして、原告の被った精神的損害を慰謝するには三〇〇万円が相当である。

また、弁護士費用としては五〇万円が相当である。

二  被告らの主張

以下の記載から、被告村は本件発令以前の原告は税務課長の職責を果たしておらず、課長とすることはできないと判断し、庁舎内の混雑さの中で原告の机を所属課である総務課内に配置すれば、他の職員との間に頻繁に摩擦を生ずることが予見され、かつ、行政事務に停滞が懸念されたから、これを避けるために、原告を班に所属しない実質的に助役付きの、部下を配置しない参事としたのであって、被告村の村長である被告吉田の人事権の裁量の範囲内のものである。

1  村税条例改正に関する件

被告村村税条例(村税条例)四二条の二以下に、被告村等が村民から不動産を賃借している場合に当該不動産の固定資産税を二分の一減額する規定(本件不均一課税規定)があった。本件不均一課税規定は被告村等の公的機関等が一定額以下の賃料で不動産を賃借して公共目的に利用している場合に、低額の賃料に対するいわば見返りとして固定資産税を減額しているもので合理的理由があり、対象者となる不動産所有者も不特定多数で、被告村が独自に設けた政策税制で改正する必要のないものであった。

ところが、平成八年に実施された新潟県による被告村に対する総合指導の際、県の担当者が原告に「めずらしい規定ですね。」と述べたところ、原告は「特定の地主に対する利益供与であり、改定したい。」と答えた。そこで、県の担当者は「そういうことなら検討してください。」と返答して、県の指導を誘導した。

そして、平成九年、原告は本件不均一課税規定の合理性を理解せず、不当な規定と曲解し、県の示す条例の準則にもないこと、及び右県の総合指導後に県から送られてきた指導文書をもとにして、「このような規定は県の準則にない。」、「このような規定を削除するのが県の指導だ。」として、本件不均一課税規定を削除する村税条例の一部改正を強引に押し進めた。被告吉田は被告村の村長として、税務課長であった原告の判断を尊重して改正案を村議会に提案したが、村議会は本件不均一課税規定の要・不要を検討する充分な時間が欲しいとして不均一課税規定を削除するとの部分を除いて条例改正案を修正可決した。

そこで、被告吉田は本件不均一課税規定の削除の要否を検討することとしたが、原告は「県の指導である。」、「準則にない。」等を繰返すのみであった。

また、原告は税務課員の前で修正可決した村議会と改正の要否を検討することとした被告吉田のことを「税のことも知らないくせに。」と批判した。

さらに、被告吉田は他の職員を通じて県に問い合わせたところ、本件不均一課税規定を削除する必要がないことが分かった。被告吉田はこのことを原告に伝えたところ、原告は「税務課長も人間だ、間違うこともある。」「議会が否決したので実害は生じていない。」と反省する色も見せなかった。

原告は本件不均一課税規定に対する自己の考えに固執し、その廃止に固執するあまり、充分な調査をせず、廃止の条例案を起案し、その審議において村議会から「もっと調査をするように」と指摘されたにもかかわらず、「廃止は県の指導だ、県との約束だ」と虚偽に近い答弁をし、村議会からの指摘には調査をしようとせず、その結果、判断を誤ったものである。原告は公務員としての資質に欠けると言われても仕方がないものである。また、原告は自己の考えに固執し、他の考えを受け入れる柔軟性がなく、他人との協調性が無いことを示している。

2  特別土地保有税に関する件

平成九年、被告村は保育園の用地としてある会社が所有している土地(保育園用地)を取得しようとしていたが、その会社は保育園用地売却に当たり代替地(以下単に「代替地」という)の取得を計画し、特別土地保有税の納税免除を求めてきた。

そこで、保育園用地取得を担当していた福祉保険課長より、当該代替地が地方税法六〇三条の二第一項二号に適合して特別土地保有税免除が適用されるものとして用地取得交渉を進めたいとの文書を起案した。これに対して原告は「否」とする意見とともに理由とする「税務課考察」なる文書を出してきた。

被告吉田は公共事業用用地の代替地に対する特別土地保有税の特例措置または優遇措置がないとすることに疑問を持ち、平成九年六月、原告、福祉保険課長と話し合うこととしたが、原告は課税免除ができないの一点張りであり、被告吉田がさらに調査をするように命じても原告はこれに応じなかった。そのあげく、原告は「大企業が代替土地を求めること自体いけないことだ。」、「あなたが会社幹部の工場長か社長に頭を下げれば解決するでしょう」との発言までした。

そこで、被告吉田は新潟県の地方税課税制係から説明を受けようと思い、税務課員以外の職員にアポイントを取らせるなどしたところ、原告は当該職員に「俺のやっていることに間違いはないんだ。所管外のことを問い合わせるのに、所管課に断りがないとはどういうことなんだ。」と抗議を行った。

その後、平成九年六月下旬ころ、代替地については地方税法五八七条一項、二項、同法施行令五四条の三二第一項一号、二項三号に該当し、特別土地保有税が非課税となることが分かった。そこで、被告村は平成九年九月になってようやく土地売買の契約書を取り交わすことができた。

原告は特別土地保有税は課すべきであるとの自己の考えに固執し、上司である村長の「もう少し調査するように」との指示にも従わず、それ以上の調査を行わないで税務課長としての職務を放棄し、その結果、判断を誤ったものである。原告は公務員としての資質に欠けると言われても仕方がないものである。また、原告は自己の考えに固執し、他の考えを受け入れる柔軟性がなく、他人との協調性が無いことを示している。

3  業務改善事業に関する件

被告吉田が村長となった平成八年以降、被告村が行政改革として取り組んだ業務改善事業に、原告は全く理解を示さず、終始消極的態度をとり続けた。

すなわち、原告は「税務事務は業務改善になじまない。」、「公務員は、民間の指導を受ける必要はない。」と発言し、他の税務課員に業務改善事業への非協力を誘導していった。

また、被告村と業務改善手法の提供を受けて被告村の業務改善を進めるとの契約を締結した株式会社日本能率協会コンサルティングから派遣されてきた社員と面談した際、原告はその手法を批判・否定する話を繰返したのみであった。

さらに、原告は税務課の隣に配置されていた出納係の女性職員二人に対し、「業務改善のやり方はおかしい。」。「行政改革は民間の手法にはなじまない。」、「村長にいわれたからといって、業務改善事業に取り組み、提出文書を作る必要はない。」などと話して、業務改善事業を批判し、原告に同調するように求めていた。

加えて、環境住民課が業務改善として実施したゴミ収集の民間委託について、環境住民課長に「直営を委託にしたからといって、なにが業務改善か。」と批判した。

そして、被告吉田は平成一〇年二月二〇日、原告に「業務改善はやらないのか。」と尋ねると、原告は「行政改革はやらなければならない。そして、行政改革はやった。ただ実績があがらなかっただけだ。」と返答した。そこで、被告吉田は「うそを言ってはいけない。君は、他の人たちに業務改善をやらないように言って回ったではないか。」と質すと、原告は押し黙ってしまい、その直後の昼食の席で、原告は「この付近に村長のスパイがいる。」と他の職員に聞こえるように大声で怒鳴った。

以上のように、原告はこの行政改革に終始ボイコットする立場をとり続けていたのであり、公務員としての資質に欠けるものと言わざるをえない。

4  確定申告に係る納税相談の集中化に関する件

被告村においては、従来、各集落に職員が出向いて確定申告に係る税務相談を行っていたが、業務改善の一環として平成九年二月から、庁舎一か所において実施する計画を立てた。

この計画に関する原告からの起案文書に対し、被告吉田は同意するとともに、従来、各集落において納税相談を受けることができたという住民の既得権益に配慮し、住民の理解が得られるように、各集落の区長の了解を得ること、併せて、当分の間、マイクロバスを運行し、住民を送迎する便宜供与を実施するように原告に指示した。ところが、原告は「申告は納税者の義務であり、そのような説明や了解を得たり、マイクロバスを運行する必要はない。」と主張して譲らなかったので、被告吉田はその実施を見送ることとした。

平成九年一二月になり、原告は再び確定申告に係る納税相談の集中化の提案をしてきた。これに対して、被告吉田は原告に前回と同様の指示をしたが、原告は同様の自説に固執し受け入れようとしなかった。

結局、本件発令により原告が税務課長でなくなった後の平成一〇年二月から区長らの説得及びマイクロバスを運行させて納税事務の集中化の実施ができた。

これは、原告が自己の主張にこだわり、自説に拘泥し、上司の指示にも従おうとしない性格を示すものである。

5  税務証明事務

平成九年、被告村においては業務改善事業の一環として税務証明事務を窓口事務に移管統合しようとしたが、原告は「税には守秘義務があるから、税務課以外の窓口事務としては取り扱えない。」と正しくない守秘義務規定の解釈に固執した。結局窓口で税務証明事務ができるようになったのは原告が税務課長でなくなった平成一〇年一月一日以降である。

6  文書持出

平成二年、当時原告は被告村の議会事務局長の職にあったが、当時の原告の部下が議会事務局外に持出してはならない文書を持出すことを黙認した。このことを村議会が問題にした際、原告は「真相を解明するためにした。」と釈明した。

7  原告の机の件

原告の机を総務課のある庁舎二階ではなく、一階に配置することとなったのは、スペースがなかったためである。

また、総務課には直前まで原告が担当していた税務班も所属しており、原告の過去の勤務態度から、原告は税務班に所属していないのに税務班の仕事に口出しをしたり、無用の議論をすることが考えられ、税務班の仕事に支障が生じることも考えられた。さらに、総務課のエリアの近傍は助役と政策推進室のエリアであり、役場の管理・企画の中枢部門が位置しており、原告の過去の勤務態度から無用の議論、口出しも予想され、助役、総務課、政策推進室の開かれた議論に支障がでるおそれがあった。そこで、原告の机を一階の収入役の隣としたものである。

三  判断

1  当裁判所は、原告が上司から見れば扱いにくい部下であり、また、補助職である一般職の地方公務員として考え方に問題点が無いわけではないと考えている。

すなわち、地方税法六条二項は「地方団体は、公益上その他の理由に因り必要がある場合においては、不均一の課税をすることができる。」と定めている。つまり、被告村を含めて地方公共団体は「公益上その他の理由」がある場合には、地方税について不均一な課税をすることができることになっている。

本件不均一課税規定は被告村その他の公的機関及び地域集落団体等が当該固定資産の固定資産税額の一・五倍以内の賃料で固定資産を借り受けて、公共及び公共的施設に使用している場合に、固定資産税額を本来の額の二分の一とするものである(甲九参照)。本件不均一課税規定は公共及び公共的施設に使用するための固定資産の賃貸借において、その賃料が一定額以下の場合に固定資産税の額を本来の額の半額にするというものであるから、公共及び公共的施設に使用する固定資産を低額で賃貸することを固定資産税の減額という形で優遇して、これを奨励するものであり、「公益上その他の理由」があるものである。つまり、本件不均一課税規定は適法なものである(原告も本件不均一課税規定それ自体は違法でないとしている。原告六四頁)。

ところで、本件不均一課税規定のような規定は、公共及び公共的施設に使用する固定資産を低額で賃貸することを固定資産税の減額という形で優遇して、これを奨励するという政策を推進するための手段と言えるから、政策税制といえる。被告村においてどのような政策を選択するかということは、一次的には住民から村政の付託を受けた村長あるいは村議会議員が判断すべきものであり、最終的には有権者である村民が判断すべきものである。もちろん、村長の補助職である被告村の一般職の職員において、村長を補助するために具体的な政策を提言し、あるいは村長に対し政策の当否について意見を具申することは許されるが、村長の指示に反し、あるいは村民から付託を受けている村議会の意思に反してまでも自己の意見を通そうとすることは一般職の職分を超えているものであり、自己の意見を通そうとすることは一般職である公務員として問題があると言われてもやむを得ないものである。

ところで、原告は平成九年三月一二日に開催された被告村議会総務文教常任委員会の審議に際して、本件不均一課税規定の削除を含む村税改正条例案について、議論でやる政策問題とは別であると答弁している(乙二〇の四の七頁)。本件不均一課税規定は条文を素直に読めば、政策税制であることは被告村の税務課長であった原告には一目瞭然のことであったいうほかない。そして、原告は本件不均一課税規定は不適切と考えていたと認められる(原告六四頁)ので、右答弁は、政策問題である本件不均一課税規定の削除について、村議会議員の意向に反して自己の意見を押し通そうとし、かつ、不適切な答弁をしたと言うほかない。原告の右答弁は、原告が一般職である公務員として問題があることを示すものというべきである。他方、仮に、原告において本件不均一課税規定が政策税制であると認識していなかったとすれば、原告は税務課長として不適格であったと言うほかない。

また、原告は税務窓口相談(申告会場)を庁舎に一本化することを起案して提案したが、村長か助役から一年待てと言われた、翌年、また、起案したら村長からマイクロバスを出して村民の便宜を図らなければだめだと言われた、そこで、税の申告はサービス行政ではなく個人の義務であるからマイクロバスの運行に反対したと供述(七五頁ないし七八頁)している。しかし、マイクロバスの運行は政策選択の問題であって、法律に違反するか否かという問題ではない。村長がマイクロバスを運行するというのであれば、村長の補助職である被告村の職員である原告はそれに従うべきであり、マイクロバスの運行の件は原告が部下として扱いにくい存在であることを窺わせるものである。

さらに、原告は平成一〇年一月一二日、被告村助役から文書で、特命事項として、<1>N村地域防災計画の見直しについて、<2>人材育成の基本計画の策定について、計画策定をするように指示された(原告一九頁、二〇頁、甲五)が、右特命事項はいずれも被告村総務課行政防災班の事務分掌(甲七、乙四参照)であると判断して、総務課行政防災班に所属していない総務課参事である自分の事務ではないとして、事務分掌であればやらざるを得ないので、総務課行政防災班に入れてくださいと言ったが、入れてくれないので右特命事項を担当するのは断ったと供述(二二頁ないし二五頁)している。

たしかに、平成九年一二月二二日に改正された被告村行政組織規則では、地域防災計画に関すること、人事に関することは総務課行政防災班の分掌事務とされている(甲七、乙四)。しかし、当該事務がどの部門で担当すべきこととされている分掌事務に該当するかについての一次的判断権は被告村を統括する村長にあり、それが法的紛争になった場合には最終的に裁判所にあるのであって、被告村の職員である原告にはその判断権はないものと言うほかない。そして、原告がその当時総務課行政防災班には属していなくとも総務課参事として総務課に属していたこと、分掌事務を定める被告村行政組織規則が被告村の村長が定める行政規則であることを考慮すれば、原告に右特命事項を下命することが明らかに事務分掌に違反しているとは必ずしも言えないものと言うべきであり、また、明らかに違法であるとは言えないものである。原告は一次的判断権者である被告村の村長の判断を尊重しないで、自らの判断で右特命事項を拒否している点で、被告村の職員として問題があると言うべきである。

また、明らかに違法とまでは言えない右特命事項を拒否している点からすると、原告は自己が正しいと判断したことについては必ずしも上司の指示に従わない傾向が窺われるから、上司としては扱いにくい部下であったことが窺われる。

2  他方、当裁判所は被告ら主張のように、原告が公務員としての資質に欠けるとまでは言えないものと判断する。

すなわち、被告らは、<1>被告吉田は本件不均一課税規定の削除の要否を検討することとしたが、原告は「県の指導である。」、「準則にない。」等を繰返すのみであった、<2>原告は税務課員の前で修正可決した村議会と改正の要否を検討することとした被告吉田のことを「税のことも知らないくせに。」と批判した、<3>被告吉田は他の職員を通じて新潟県に問い合わせたところ、本件不均一課税規定を削除する必要がないことが分かったが、このことを原告に伝えたところ、原告は「税務課長も人間だ、間違うこともある。」「議会が否決したので実害は生じていない。」と反省する色も見せなかったと主張している。

ところで、平成一二年四月一日から被告村の総務課長をしている深川清一の陳述書である乙二八には、右<1>に沿う内容の記載(一〇頁、一一頁)がある。しかし、被告吉田は原告に調査研究するように指示していない旨供述(七頁、八頁)している。右乙二八の右<1>に沿う内容の記載はそもそも伝聞であるうえ、本人である被告吉田の供述にないことから、右<1>は事実ではないと認める。また、被告吉田は右<2>、<3>を窺わせる内容の供述はしていない(特に七頁ないし一三頁)。また、被告吉田の陳述書である乙二七にも右<1>ないし<3>を窺わせる記載はない(三頁ないし六頁)。さらに、証人深川清一の証言中にも右<1>ないし<3>に沿う内容の供述はない。加えて、乙二八にも右<2>、<3>に沿う内容の記載はない(一〇頁ないし一五頁)。

右<1>ないし<3>の主張は事実ではないと認める。

また、被告らは、原告はこの行政改革に終始ボイコットする立場をとり続けていたのであり、公務員としての資質に欠けるものと言わざるをえないと主張している。

しかし、被告吉田は原告は最初は行政改革に結構協力的だったが、後半になって余り協力してもらえなくなった、原告は政府や県がやろうとしている行政改革に反対したのではなくて、民間コンサルティング会社に頼んでやったその手法が気に入らなかったんだと思っていると供述(二六頁)している。被告吉田の供述からは、原告は行政改革それ自体に反対していたのではなく、民間コンサルティング会社の手法を批判していたことが分かる。

原告は民間コンサルティング会社の手法について、ともかく一年遡って思いだして書き出して何でもいいから時間を三〇パーセント削れというもので、特に税務課では問題のある手法である旨供述(四一頁ないし四三頁、四九頁)している。また、被告吉田は民間コンサルティング会社は調査にあたって被告村の職員は過去一年間に遡って自分がどれだけの事務にどれだけの時間をかけたか調査、記入した書面を提出させたことがあると供述(六三頁)している。業務改善にあたって業務量を把握することは必要かつ重要な作業と言うべきである。しかし、調査開始時点から一定期間を遡って、その間の作業量を作業の担当者から聞き取りないし書面で報告させるという手法では、信頼性のある記録がない限り、正確な作業量を把握できないものといえる。原告の批判は相当な根拠を有するものと言うべきであり、これを以て原告の公務員としての資質を云々することは相当ではないと言うべきである。

原告は被告村の業務改善、すなわち行政改革それ自体に反対していたわけではなく、民間コンサルティング会社の手法について相当の根拠のある批判をしていただけというべきであるから、これを基に原告が被告村の公務員としての資質に問題があったと言うことはできない。

被告吉田は税の確定申告相談の一本化について、原告からの起案が上がってきたときに、各地区の区長の了解を取ること、確定申告する人が殆どお年寄りでありマイクロバスを運行しないとできないことから、一年かけて手順を踏んでくださいよと原告に言ったが、原告は全く何も行わずに、翌年また同じ起案書を持ってきたと供述(二二頁ないし二四頁)している。原告はマイクロバスの運行を言われたのは二年目であり、一年目には言われていない旨供述(七五頁ないし七八頁)している。一年目の起案書である平成九年一月一七日付「起案書」(乙二三の八)の「回議・指示等」欄には「平成一〇年度から実施してください」と記載され、末尾に「吉田」との陰影が押捺されているが、マイクロバスを運行するとの指示は記載されていない。一年目に被告吉田が原告にマイクロバスの運行を指示したとまでは認められない。また、平成九年一一月二〇日付の起案書(乙二三の四)の「回議・指示等」欄には、平成九年一二月二日付で「平成一〇年は従来通り各地区へ出向き申告相談を行って下さい」と記載され、末尾に「佐藤」(被告村助役)との陰影が押捺されている。被告吉田は二年目に原告に対し、マイクロバスの運行を口頭で指示したことは認められるが、起案書の「回議・指示等」欄にマイクロバスの運行を指示する記載は無いから、是非ともマイクロバスを運行せよとの強い指示であったとまでは認められない。原告がマイクロバスを運行せよとの被告吉田の指示に従わなかったことは、被告村の村長の補助職として妥当なものとは言えないものと言うべきであるが、これを以て原告の公務員としての資質を云々すべきものとまでは解されない。

また、被告吉田の陳述書である乙二七には、原告が「税務職員には守秘義務があり、生活福祉課では税務証明を発行できない」との主張を繰り返していたと記載(九頁)されている。しかし、被告吉田は、税務証明の窓口一本化について、原告は自分のところに来て反対したわけじゃなくて、当時の行政改革の担当者のところへ来て一部について問題があるということを言っていたという話があったと供述(二四頁、二五頁)していて、ニュアンスが大幅にダウンしている。原告が「税には守秘義務があるから、税務課以外の窓口事務としては取り扱えない。」と固執したために、窓口で税務証明事務ができるようになったのは原告が税務課長でなくなった平成一〇年一月一日以降であるとの事実は認めることはできない。

被告吉田は平成二年ごろの議会文書の持ち出し事件については詳しくは知っていないと供述(三頁、四頁)し、深沢清一の陳述書である乙二八には、被告村議会事務局の松井主事が文書を持ち出し、当時の被告村の村長が松井主事を注意したところ、原告が「松井さんは間違ったことをしていない」という趣旨のことを言っていたということですと記載(三頁、四頁)されている。これらの証拠だけでは、原告が議会文書持ち出しに関与していたり、現実に持ち出した松井主事を擁護する発言をしたと認めることはできない。

以上のとおり、被告らが原告には公務員としての資質に欠けるところがあることを裏付けるとして主張した事実の殆どは認められないか、そのように評価するのを相当とする事実ではない。原告が公務員としての資質に欠けると認めることはできないというべきである。

なお、特別土地保有税に関しては次の3で判断する。

3  特別土地保有税

特別土地保有税に関する被告らの主張は微妙に変遷している。すなわち、被告らは答弁書(一二頁、一三頁)、平成一一年三月三一日付準備書面(一)(五頁)では、被告村が保育園用地とするためにある会社の土地を取得し、その会社が代替地を取得した場合、その代替地についての特別土地保有税が非課税となるのにもかかわらず、原告は「免除ができない」(答弁書)、「課税するのが正しい税務処理だ」と主張し、村長や助役が説得してもいっこうに聞き入れず、原告が税務課長から異動した後の平成一〇年になって、被告村はようやく保育園用地を取得できたと主張している(なお、非課税となる具体的根拠については主張していない)。次いで、被告らは平成一一年一一月四日付準備書面(三)(六頁ないし一一頁)では、村長は公共事業用地の代替地に対する特別土地保有税の特例措置又は優遇措置がないとすることに疑問を持ち、被告吉田は原告及び当時の福祉保険課長の三人で話し合うことにしてその場を設けたが、原告は「課税免除はできない」の一点張りであり、被告吉田が原告に対し、さらに調査をするように命じても原告はこれに応じなかった、その後、被告村福祉保険課職員を通じて税務署及び県税を扱っている上越財務事務所に問い合わせたところ、特別措置又は課税の特例が適用されて国税(所得税)及び県税(不動産取得税)ともに納税額が発生しないことが判明し、さらに、地方税法五八七条一項・二項、同法施行令五四条の三二第一項一号・二項三号により、特別土地保有税も非課税となることが判明した、被告村は原告を税務課長から異動させた直後に当該規定に基づく処理を行い、保育園用地を取得できたと主張している。また、被告らは平成一二年三月一五日付準備書面(四)(四頁ないし一一頁、特に六頁)では、被告吉田は「公共事業用地の代替地に対する特別土地保有税の課税に関し、何らかの優遇措置があっても良いのではないか」と考え、原告と当時の福祉保険課長と特別土地保有税について協議・検討を行おうとしたところ、原告は「課税は協議して決めるものではない」と発言し、協議・検討は成立しなかったと主張している。ところが、被告らは平成一二年三月一五日付準備書面(五)(一四頁ないし二一頁)では、答弁書の「原告が税務課長から総務課参事に異動した後の平成一〇年になってようやく保育園用地が取得できた」旨の主張を「平成九年六月下旬ころ、地方税法五八七条一項・二項により特別土地保有税が非課税になることが分かり、ようやく、本格的な用地買収交渉が進められることになり、同年九月になってようやく契約書を交換した」旨の主張に訂正したほか、被告吉田は平成九年六月中旬ころ、助役とともに原告及び福祉保険課長を呼んで、特別土地保有税の取扱について協議したと主張している(なお、その際のやり取りが詳しく主張されている)。さらに、被告らは平成一二年一一月八日付の準備書面(六)(六頁ないし八頁)では、平成九年六月に、被告吉田、助役、原告及び福祉保険課長で話し合いをし、その席で被告吉田は原告に対し、「もう少し調査するように」と指示したと主張している。

つまり、答弁書、準備書面(一)では、特別土地保有税については「非課税」が正しいのにもかかわらず、被告吉田や助役の説得(文脈からは、「非課税」に該当すると説得したように読めないわけではない)に対し、原告は「課税免除」はできないと主張して、説得に応じなかったため、原告が税務課長から異動した平成一〇年になってようやく保育園用地が取得できた(原告が税務課長であることにより保育園用地取得が妨害されていたと読める)と主張していた。ところが、<1>準備書面(三)以降では、「説得」ではなく、「もう少し調査するように」との指示に原告が従わなかったと変更になり、<2>答弁書の提出(平成一一年二月一九日)から一年以上が経過した平成一二年三月一五日に提出された準備書面(五)に至って、平成九年九月に保育園用地買収の契約書が取り交わされたと、原告が税務課長在職中に保育園用地が取得できていたことを認める主張に変更になり、<3>細かいことではあるが、(平成九年六月ころと思われる)原告と福祉保険課長を交えた特別土地保有税に関する協議の場に、準備書面(三)、(四)では助役が同席していなかったように読めるのに対し、答弁書及びその余の準備書面では同席しているように読める。

被告らの主張の微妙な変遷の内、特に問題なのは、保育園用地の取得時期である。保育園用地については、平成九年九月二五日付で売買仮契約書が取り交わされている(乙一四の一)が、「仮契約」という表題となっているのは乙一四の一の末尾に記載されているとおり、保育園用地買収契約については、被告村議会の議決が必要なためであって、被告村と保育園用地を所有している会社との合意はその時点で成立していたのである。つまり、被告村は原告の「課税免除できない」との見解にかかわらず、かつ、原告が税務課長に在籍している平成九年九月二五日には保育園用地買収の仮契約を締結しているのであって、原告の見解にもかかわらず、保育園用地取得という村政上の懸案は停滞していないのである。また、このことは、被告村ないし被告吉田は時として原告の意向にかかわらず、村政を進めていることを示すものである。被告村ないし被告吉田が決断すれば、原告の意向ないし意見にかかわらず村政が運営できたのであるから、前記二記載の被告らの主張記載の事実が仮に認められ、その結果、形として被告村の村政に影響があったとしても、それは被告村ないし被告吉田が原告の意向ないし意見に反する決断をしなかった、逆に言えば、村政の運営に関し、原告の意向ないし意見を採用したことを示すものであり、仮に村政に停滞ないし影響があったとしても主位的には被告村ないし被告吉田が責任を負うべきもので、原告の責任を過大視すべきものではないと言うべきである。

ところで、代替地の特別土地保有税の課税関係については、現時点では非課税となること自体は当裁判所も認めるものである。しかし、代替地については、本来的には非課税になるものではないと判断する。すなわち、地方税法五八七条一項、同法施行令五四条の三二第一項一号は、公共事業を行う者に当該公共事業の用に供するため不動産を譲渡した者が、当該譲渡の日から二年以内に、当該譲渡した不動産に代わるものと市町村長が認める土地(市町村長の認定以前に都道府県知事が地方税法七三条の一四第八項の規定により当該譲渡した不動産に代わるものと認めた土地があるときは、当該土地)を取得した場合、その取得した土地に係る特別土地保有税は非課税となる旨を定めている。そして、代替地については、平成一〇年二月九日付で地方税法七三条の一四第八項の規定により、保育園用地に「代わる土地」と認定されている(乙一二)。都道府県知事の「代わる土地」の認定は行政処分と解されるから、仮にその認定が違法であっても、いわゆる行政処分の「公定力」から、これが公権的に取り消されない限り、効力を有するものであると解される。したがって、代替地については、地方税法五八七条一項、同法施行令五四条の三二第一項一号により、特別土地保有税が非課税となる。

しかし、代替地については、少なくとも、地方税法五八七条一項、同法施行令五四条の三二第一項一号によっては非課税とならないものと解される。すなわち、地方税法七三条の一四第八項及び同法施行令五四条の三二第一項一号にいう都道府県知事あるいは市町村長が「代わるものと認めた土地」とは、譲渡した不動産の代価で購入した土地を意味するものではなく、譲渡した者が当該譲渡した土地を一定の目的(当該目的)に使用していた場合、当該目的に使用するものとして取得した土地を意味するものと解される。すなわち、公共事業等に当該土地を譲渡した者がその譲渡以前と同様の状態を作出するために、当該目的に供するために土地を取得したのに対し、不動産取得税を課するのは、公共事業等に協力したばかりに不動産取得税という税金を課されることになり不合理であること、また、譲渡した土地に特別土地保有税が課されていなかった場合、当該目的に使用するために土地を取得した結果、特別土地保有税が課されるのは不合理であるため、都道府県知事あるいは市町村長が当該目的に供する土地であると認めた土地については、不動産取得税を課さず、また従前、特別土地保有税を課していなかった場合には同様に特別土地保有税を課さないことにしたものと解される(ただし、従前、駐車場付きのレストランを経営していた者が、建物の敷地部分を公共事業等のために譲渡し、従前の駐車場部分に建物を移転して新たに駐車場用地を取得したような場合など、厳密な意味で従前と同様の目的とまでは言えなくとも、全体として当該目的に供する場合であれば、「代わるもの」に該当するものと解される)。逆に、公共事業等のために土地を譲渡したものが、当該目的に使用する以外の目的で土地を取得することは、その購入資金がたまたま公共事業等の用地として売却した代金であるに過ぎず、新規の土地購入と何ら代わるものではないから、不動産取得税あるいは特別土地保有税を非課税とする理由はないというべきである。

保育園用地はかつては社員住宅用地として利用されていたようであるが、平成九年の時点では杉林であり(被告吉田七四頁、証人深川清一の二二項、九六項)、区域的にも工場等の敷地の一部等として有用に利用されていた土地とは認められない(甲一七添付の「N保育園増築予定地位置図」)から、遊休土地であったと認めるほかない。すなわち、保育園用地は何らの目的にも供されていなかった土地というほかない。したがって、代替地は保育園用地を売却した代金で購入したとしても、地方税法七三条の一四第八項及び同法施行令五四条の三二第一項一号にいう都道府県知事あるいは市町村長が認定する「代わるもの」には該当しないものと解される。つまり、代替地については、本来的には、特別土地保有税を非課税とすることはできないものである。

ところで、前記のとおり、代替地については地方税法七三条の一四第八項により、保育園用地に「代わるもの」と認定されている。しかし、地方税法七三条の一四第八項の条文から、保育園用地が現実に譲渡され、かつ、代替地が取得された後でなければ、「代わるもの」との認定はできないものである。そして、前記のとおり、地方税法七三条の一四第八項による「代わるもの」との認定は平成一〇年二月九日付でされているから、少なくとも、平成一〇年二月九日ころ以前には、地方税法七三条の一四第八項を根拠にして、代替地については特別土地保有税が非課税となるとは言えなかったと認められる。また、本件全証拠によるも、代替地について、他の規定を根拠にして特別土地保有税を非課税ないし免除することを肯定させる事実は認められない。つまり、平成一〇年二月九日付で地方税法七三条の一四第八項により「代わるもの」と認定される以前は、代替地について特別土地保有税を非課税とする根拠はなく、また、免除する根拠もなかったと言うほかない。被告らの主張にかかわらず、代替地については特別土地保有税は非課税とはならず、また、課税免除もできないから、特別土地保有税については、平成九年一二月末日まで税務課長の職にあった原告は、税務課長としての判断を誤っていないと言うほかない。特別土地保有税の解釈が誤っていたとして原告の公務員としての資質を云々することは許されないものと言うほかない。

さらに、保育園用地の所有者は代替地について特別土地保有税の免除を求めていた(争いのない事実)ところ、前記のとおり、保育園用地売買の仮契約書は平成九年九月二五日付でなされており、被告村ひいては被告吉田はその時点で代替地について特別土地保有税を免除ないし非課税とする意思を有していたと認められる。そして、前記のとおり、代替地については、平成一〇年二月九日ころ以前には特別土地保有税を非課税ないし免除する根拠はなかったから、被告村ひいては被告吉田は法的根拠がないにもかかわらず、特別土地保有税を徴収しない意思であったと認めるほかない。原告作成の甲一二の末尾に『すべては、「はじめに納税義務の免除ありき」から発し』と記載されているが、被告村ひいては被告吉田の対応はこの記載のとおりであったと窺われる。つまり、代替地の特別土地保有税に関しては、非課税にすることはできず、免除することもできないのに、被告村ひいては被告吉田は法的根拠の有無にかかわらず、課税しないという姿勢で臨み、これに対して原告は課税しないことは根拠がないものとして対応したものであって、原告の対応は法の規定に沿ったもので被告村の職員として妥当な行動であったと言える。特別土地保有税に関する言動を原告の不利益に斟酌することは許されないものと言うほかない。

4  被告らは答弁書(四頁)においては、原告の机の配置について、二階には十分なスペースがなく、一階に残したに過ぎないと主張し、平成一一年三月三一日付の準備書面(一)(一二頁)では、原告の机の配置については純粋にスペース上の問題であると主張していた。つまり、ここまでは、原告の机の配置は純粋にスペース上の問題であると主張していた。

ところが、平成一一年五月二四日付の準備書面(二)(四頁、五頁)では、原告の場所的配置が一階となった理由は、まず、スペースの問題であるとしながらも、これに加えて、原告の机を二階の総務課の席の中に設けることは、総務課税務班の仕事に支障が出る恐れが充分にあり、また、助役、総務課、政策推進室の開かれた議論に支障が出る恐れが充分にあったと主張するに至った。つまり、原告の机の配置を一階にしたことには実質的な理由があったと主張を変更させるに至ったのである。

ところで、被告ら準備書面(一)が陳述されたのは平成一一年四月一四日の第二回口頭弁論期日においてである。そして、同期日に陳述された原告の平成一一年四月七日付準備書面第一回(五頁)では、甲四、六を引用して、二階には明らかにスペースがあり、十分なスペースがないとは言い難いと主張されている。また、当裁判所は甲四から二階に原告の机を配置するスペースがないとは言い難いように思われるとの見解を示したうえで、「原告を班に所属させず、部下のいない総務課参事に配置したこと及び原告の机の配置が違法であるか否かについては不問に付したうえで、原告の机の配置が結果として原告の気持ちを傷つけることになったことを被告吉田は陳謝する、なお、被告らは金銭の支払いはしない」との和解案を提示した。

被告らは答弁書(特に一七頁)、準備書面(一)(特に一〇頁)では具体的事実を摘示したうえで、原告は部下を持つ管理職としては不適任であると主張して、いわば原告の人格に踏み込んだ主張をしているのであるから、答弁書、準備書面(一)において、原告の机が二階に配置されることが具体的不都合を招く恐れがあることを主張することをためらう理由はなかったと言うべきである。また、準備書面(二)で主張している事情はいずれも平成一〇年一月一日以前のことであるから、答弁書、準備書面(一)で主張できなかった物理的理由もない。そして、第二回口頭弁論期日において、被告らからすれば、当裁判所が原告の机の配置についての被告らの主張は理由がないと考えていると受け取られるような発言をし、さらに、被告らは裁判所の和解案を受諾していないことから、被告らとしては和解案を受諾できない理由も主張する必要性が生じていたと言うべきである。被告らとしては勝訴する前提で本訴を続行させるには、原告の机の配置についての主張を変更する必要性が生じていたと言うべきである。原告の机の配置について、準備書面(二)に至って被告らの主張が変更されたこと自体、不自然であり主張の変更それ自体から、準備書面(二)での被告らの主張は信用しがたい。被告ら準備書面(二)以降の主張にかかわらず、原告の机の配置は、周りに対する悪影響を考慮してされたものではないことが窺われる。

ところで、本件機構人事改革に伴う人事は平成九年一二月一八日に内示され(原告六頁、七頁、甲二、甲一六の二頁)、同年の御用納めの日である同月二六日に人事異動に伴う被告村の職員の机の移動が行われた(原告九頁)。しかし、当日までに作成された本件機構人事改革後の配置表には、原告の机の位置は記載されていなかった。原告は当時の被告村の総務課行政係長と思うが自分の席を早く示してくれと言ったが、結局示されないので助役に尋ねたら、結構やりとりがあって元の税務課長の席にそのままでいなさいと言われたと供述している(一一頁)。他方、被告吉田は原告の机の配置については、助役、総務課長及び総務課行政係長で相談した、内示をした当日の夕方には原告の机の配置は決まっていたと供述(三八頁、八五頁、八六頁)している。しかし、総務課長及び総務課行政係長も交えて原告の机の配置を相談して決めたというのであれば、総務課長あるいは総務課行政係長において、原告の机を記載した座席表を作成してしかるべきである。しかも、原告の机の配置が平成九年一二月一八日に決まっていたというのであれば、机の移動が行われた同月二六日までは八日間もあったから、原告の机の位置を定めた座席表が作成されていないことは不可解と言うべきである。結局のところ、被告吉田の供述にかかわらず、平成九年一二月一八日の時点では原告の机の配置は定まっていなかったと認めるのが相当である。そして、被告吉田は平成九年一二月二六日の当日、原告が助役に対し、自分の机はどこか、おかしいじゃないかと抗議をしていたことは訴状で知ったと供述(八七頁)しているが、助役に問い合わせたら原告は何回も抗議はしていないということであったと供述(八七頁、八八頁)している。原告が助役に対し、自分の席はどこか、おかしいじゃないかと抗議していたと認めるのが相当である。そして、実際に、同月一八日に原告の机の配置が決まっていたのであれば、同月二六日の時点で助役は直ちに原告の机の位置を指示できたはずであり、また、同月一八日には原告の机の配置が決まっていなかったとしても、同月二六日までに決まっていれば、やはり助役は直ちに原告の机の位置を指示できたはずである。同月二六日の時点では原告の机の配置は決まっていなかったと認めるのが相当である。そして、原告の机の配置が具体的に定まっていなかったことから、助役は仕方が無く、原告に従前と同位置に机を置くように指示したと認めるのが相当である。また、被告吉田は原告の机が従前と同位置にあることを当然認識していたはずであるから、その机の配置を黙示で承認したと認めるのが相当である。

前記のとおり、平成九年一二月一八日、原告に対し、総務課参事に発令することが内示されているが、その時に示された内示表(甲二)では原告は班に所属しない形で記載されている。その時点で原告については班に所属させず、部下も配置しないことが決定していたと認められる。

原告は平成一〇年一月七日、被告吉田に自分の職務はなにかと聞いたところ、被告吉田は助役、総務課長に言ってあると答えた、そこで原告は助役に聞きに行ったら答えられなかったと供述している(一五頁ないし一七頁)。そして、平成一〇年一月一二日に文書(甲五)で原告に特命事項が指示されている(争いのない事実)。被告吉田は平成一〇年一月六日、原告から職務は何かとの質問があった、それに対して、助役と総務課長に任せてあると言ったと供述している(九〇頁)。その上で、決まっていないならよく決まっていないんだと、どうして説明しないのかとの原告代理人の質問に、被告吉田は説明不足だったと思いますと供述(九一頁)しているから、被告吉田は原告の職務内容については何も説明していないと認められる。

ところで、被告吉田は平成一〇年一月六日の時点では、原告の職務は具体的には定まっていなかったが、三つ、四つ総務課の方で議論していたと供述(九〇頁、九一頁)している。また、深沢清一の陳述書である乙二八(三三頁、三四頁)には、平成九年一二月一八日の時点では平成一〇年一月一二日に指示した特命事項の他に例規の整備に関することも特命事項として考えられていた、しかし、事務量が多すぎるのではないかということではっきりとは決められなかった、本件機構人事改革に伴う人事異動の内示以降、助役、総務課長は多忙であったので平成九年中には原告の特命事項を決定できず、御用始めである平成一〇年一月五日(月曜日)からの週の内に決めることにして、そのとおり決定したと記載されている。確かに、平成九年一二月一八日以降、助役、総務課長が多忙であったことは否定できないと考えられる。しかし、原告の特命事項を決定することの作業量はそれほど多いとは考えられないから、乙二八に記載されたように平成九年一二月一八日の時点で具体的に三つの事項が対象に上がっていたのであれば、平成九年中に決定することが不可能ないし著しく困難であったとは考えられない。仮に、平成九年の御用納めまでに決定できなかったとしても、その作業量を考えれば、助役あるいは総務課長は年末年始の休業期間中に原告に与えるべき特命事項をほぼ決定できたはずであり、正式に決定するために被告吉田の決済が必要であるとしても、平成一〇年一月五日の御用始めの当日かその翌日までに決定することは容易であったと考えられる。平成一〇年一月六日(被告吉田の供述)ないし同月七日の時点で原告からの質問に対し、被告吉田及び助役において原告の職務内容について何も答えていないこと、平成九年一二月二六日の時点で原告の机の配置が定まっていなかったことを併せて考えると、平成一〇年一月六日ないし七日、原告が自己の職務について尋ねた時点では原告の職務については何も検討されていなかったと認めるのが相当である。

5  当裁判所は被告村において、部下を配置しない参事をおくことが当然に違法であるとは考えない。

しかし、本件機構人事改革後の政策推進室、総務課、企画振興課、生活福祉課、建設開発課には合計一一の班がおかれることになっており、原告に総務課参事発令が内示される以前は、右一室四課に配属される課長等は合計一〇人と予定されていた(甲一、八)が、実際に発令された右一室四課の課長等が一一人(甲二)であること、参事の内、原告のみが班に所属せず、部下も配置されなかった(甲二)ことから、本件機構人事改革では、建設開発課庶務班を除く班については、課長あるいは室長が直接指揮監督するか、参事が指揮監督することが予定されていたと認められる。そして、政策推進室には班が一つしかない(甲一、七)から、参事は原則として課に所属し、かつ、班を指揮監督することにより部下が配置されることが予定されていたと認められる。したがって、部下のいない参事を発令することは異例と言うべきであり、部下を配置しない参事を発令するには相応の理由が必要というべきである。

前記1ないし3記載のとおり、<1>原告が上司から見れば扱いにくい部下であり、また、補助職である一般職の公務員として考え方に問題がないわけではないが、<2>原告には公務員としての資質に欠ける点があり、そのことを裏付けるものとして被告らが主張した事実は殆ど認められないか、そのように評価するのを相当とするものではないから、原告が公務員としての資質に欠けるものとは認められないうえ、<3>被告らが原告に問題があるとして指摘した代替地の特別土地保有税に関しては、原告が税務課長に在職中の事実では非課税ないし免除できなかったのであるから、原告の法解釈が正しかったと言える。つまり、これを非課税ないし免除の方向で対応していた被告らの方に問題があり、特別土地保有税の課税問題での原告の言動を以て原告に不利益に斟酌することは許されないものであるから、原告について、部下を配置しない参事に発令した本件発令は相応の理由があるとは認められない。そして、平成九年一二月二六日の時点で原告の机の配置が定まっていなかったこと、平成一〇年一月六日ないし七日の時点で原告の職務内容について何も検討されていなかったことを併せて考えれば、被告村ないし被告吉田において、何らの合理的な理由もなく、本件発令をしたものと認めるのが相当である。また、原告に対して、具体的な職務を検討せず、机の配置も定めなかったことに照らせば、本来、班に所属し、部下が配置されるべき参事であるのにもかかわらず、原告を班に所属させず、部下も配置させなかった本件発令は違法なものと解するのが相当である。

さらに、総務課参事とされながら、総務課の席とは離れた場所に一人だけの机が配置されれば、被告村の他の職員から奇異な目で見られるのは見やすい道理であり、また、原告の気持ちが傷つくことも見やすい道理である。そして、原告を班に所属させず、部下も配置しないことが違法である以上、原告は班に所属させ、かつ部下を配置すべきであり、総務課参事であれば、総務課の席にその机を配置すべきものであったのであるから、本件機構人事改革以後の原告の机の配置も違法なものと言うべきである。

6  以上から、本件発令及び本件機構人事改革以後の原告の机の配置は違法であり、原告の精神的損害に対し、被告村は慰謝料を支払う義務があると言うほかない。そして、被告村が原告に支払うべき慰謝料は五〇万円が相当である。また、弁護士費用は一〇万円が相当である。

なお、被告吉田は被告村の村長であり、その職務として本件発令をし、また、原告の机の配置を承認したと言うべきであるから、本件発令及び原告の机の配置については、被告村との関係では格別、原告との関係では賠償責任を負わないものと解される。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤就一)

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